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小田原スポット【富水編】水道発祥の地で起きた事件

 小田原市の 富水周辺のスポット!

小田原 水道発祥の歴史について



仙了川沿いに歩いていると石橋が見えてきた。


橋の左手に石碑を発見!

水道発祥の地・・・ どういうことだろう?

その石碑には説明などはなく、どういう経緯でこれが建てられたのでしょう?

井戸を埋めたような跡

自宅に戻り小田原市水道局のホームページを見てみると、小田原には水源地は現在
9か所の水源地あるそうです。

1.第一水源地(水道発祥)
2.中曽根補助水源地、
3.第二水源地
4.第三水源地及び片浦地区の石橋水源地
5.米神水源地
6.根府川第一水源地
7.根府川第二水源地
8.根府川第三水源地
9.飯泉取水ポンプ所 高田浄水場へ送水

その中でも昭和11年にできた第一水源地が小田原の水源発祥の地とのことですが石碑のある場所と第一水源地は少し離れいます

石碑から歩いて1分くらいの第一水源地

では、なぜこの第一水源地から少し離れた場所に石碑があるのでしょう??

小田原市ホームページ

ダメ元で小田原市の水道局にメールで問い合わせたところ、後日お電話をいただけました(お忙しいところ申しわけないです)。ご担当者によると、石碑がある場所は第一水源地ではなく、その昔 第一水源地に水を送るための数カ所あった井戸のうちの1つ最初に建設されたもののため構成にその歴史を伝えるために2004年に石碑が立てられたそうです。

さらに調べを進めるとこの石碑がある場所は小田原史に残る大事件の舞台になった場所でした!


それが昭和8年に起きた足柄村騒擾事件(あしがらそんそうじょうじけん)

騒擾(そうじょう)とは・・・集団で騒ぎを起こし、社会の秩序を乱すこと

ことの発端は足柄村に隣接する小田原町が飯田岡集落に水源地を設けることを計画したことから始まります。



事件が発生する1年前の昭和7年(1932年)3月

小田原町は足柄村に対し計画案を内示し、村側から了承を取り付けていた。
※イラストはすべて僕の勝手なイメージです


しかし、1年後の昭和8年3月

小田原町側が足柄村へ再度計画を提示したところ、村人側が「足柄村の水利(水上運送の便利さや水の利用)に損害が出る!」と猛反発。足柄村が水源地反対に傾いていった。



さらに、これに追い打ちをかけるように神奈川県庁による飯田岡集落への試掘所建設(これは開発ではなく水利に影響を与えるかの調査をするためのものだったが村人側に正しく伝わらなかった)、さらに村長が「調停を県側に要請する」の主張が村民側から「弱腰」と受け止められたことが村人側の怒りに油を注ぐかたちとなり。
 
同年7月13日

村内の寺において開かれていた大規模な反対集会に、偶然行われていた足柄村消防組の幹部会議が合流した結果、なんと反対派が300人規模に膨れ上がった。


7月15日午前2時頃

30人の放火部隊が試掘所を襲い、職員2名を捕えた上で放火を行った。そして足柄村消防組を主力とする本隊が消火活動と称して駆けつけると消防ポンプ等の消防用具で試掘所を破壊、更に水道計画に賛成する地元有力者の住居を破壊。


この騒ぎを察知した地元駐在所から警官1名が制止に駆け付けたが、
暴行を受け、水田に投げ込まれる。


連絡を受けた小田原警察署は警官50人を派遣し、村長の自宅を襲撃に向かう集団と衝突、夜明け頃にこれを鎮圧した。


この事件で足柄消防組の幹部や、地元の区長を含む234人が検挙され、うち60人が起訴された。というのが足柄村騒擾事件の顛末です。

偶然立ち寄ったスポットですが、調べてみると意外なドラマがあました。








※掲載情報は訪問時のもので最新ではありません、変更になっているまたは僕が勘違いしている場合があるので最新版はご自身でご確認ください、何卒〜。

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